お知らせ & 法律相談コラム

システム開発における複数契約の解除(令和4年2月24日東京地裁判決)

<事案の概要>

本件は,通信教育事業を営む原告が,顧客からの申込受付,学習用教材の作成・配送,代金回収管理等の業務を行うための旧基幹システムについて,同システムの各機能を統合した新たな基幹システムの構築を被告に依頼し,被告との間で各契約(以下,「本件各個別契約」と総称し,各契約を同表番号欄記載の数字を用いて「本件個別契約1」のようにいいます。)を締結して作業が進められたところ,(1)①被告が開発作業を行ったシステムは,夜間の一定時間内に一定量の教材発送に係るバッチ処理を完了するという原告との間で合意されていた基本的な性能要件をおよそ満たさないものであったため,本件個別契約7(新システムの開発作業及び単体試験等に係る請負契約)の債務不履行に基づき本件個別契約7及びこれと契約目的が密接に関連する本件各個別契約(本件個別契約7を除く。)の全てを解除した,又は,②システム開発の専門知識を有する被告は,本件各個別契約に付随する信義則上の義務として,原告から適切に情報を収集するなどしてシステムを構築する義務を負っていたのに,これを怠った結果,新システムの性能に上記のような致命的な問題が生じたのであるから,同義務違反を理由に本件各個別契約を全て解除したと主張して、損害賠償請求等を行った事案です。

<判決要旨(複数契約の解除)>

(基本となる裁判所の考え方)

「 確かに,原告と被告との間で締結された本件各個別契約は,いずれも原告の新たな基幹システム(本件システム)を構築して稼働させることに向けられた1つのプロジェクトのうちの一過程であるという側面を有しており,本件個別契約7の債務不履行があったことによって,原告が本件システムを稼働して業務を行うことが困難な状況になっているという意味では(原告は,現在も現行システムを用いて業務を行っている(前提事実(4))。),上記プロジェクトが全体としてはその目的を達成するに至らなかったということができる。 

 しかし,他方において,原告及び被告は,本件システムを構築して稼働させるまでに必要となる作業を各工程に分けて,一工程を終えると次の工程に進むといった具合に段階的に本件システムの構築に向けた作業を進めるウォーターフォール型と呼ばれる手法を採用し,工程ごとに細分化した形式で本件各個別契約を締結したものである。このような契約形態がとられるのは,一般にコンピュータシステムの構築に向けた作業が進められる過程で当初予定されていなかった種々の問題が一定程度不可避的に発生し得ることなどを見据えて,必要に応じて次の工程の作業内容の見直しや変更も検討しながら作業を進めることを可能にするという当事者双方にとってのリスクマネジメントの機会を確保するという意味合いがあり,本件システムの構築についても,当事者双方が,各工程で行うべき作業の範囲をその都度検討した上で,それぞれ独自の債務の目的・内容を設定して本件各個別契約を締結したものと解される。そして,本件では,本件各個別契約に共通して適用されるような基本契約が締結され,本件システムを構築して稼働させるに至らなかった場合には直接の債務不履行となった個別契約のみならず他の個別契約をも解除することを可能にするような条項が設けられているといった事情もない。」
以上の点を踏まえると,本件各個別契約のうち本件個別契約7について被告に債務不履行があったことを理由に,原告がその他の本件各個別契約の全体を解除し,全ての契約の拘束力から解放される結果を認めるのは,本件各個別契約を締結した契約当事者の意識に適合した解釈とはいい難く,それぞれの契約に設定された独自の給付ないし債務の目的に照らし,本件個別契約7のそれと密接関連性が認められ,当該他の個別契約のみの実現を強制することが相当でないといえる場合に限って解除が認められるというべきである。平成8年判決は,一方の契約のみの実現を強制することが契約当事者の意識に適合せず,相当でないと認められる場合に,一方の契約の債務不履行を理由に他方の契約の解除を認めたものと解されることから,上記のような考え方が平成8年判決の趣旨に反するものではない。」

 

(本件における検討)
「 (2) このような観点から検討すると,本件個別契約1ないし6(被告が本件システムの要件定義,基盤設計・基本設計及び機能設計に係る契約),本件個別契約8ないし10,24ないし28(本件システムの追加の仕様変更に係る機能設計,個客支援サブシステムの機能設計,本件システムとフロント系システムの連携に関する要件定義及び同連携作業のスケジュールの作成等に係る契約),本件個別契約23(本件システム(V1.3)の受入試験支援に係る契約),本件個別契約34ないし37(本件システム(V1.4)の運用試験支援や運用試験用の環境の追加構築作業に係る契約),本件個別契約33及び36(本件システムの追加開発及び保守作業に関するc社への引継作業に係る契約),本件個別契約15ないし20(現行システムから本件システムへのデータ移行作業に係る契約)及び本件個別契約38(本件システムを稼働させるためのミドルウェアの購入に係る契約)については,いずれも,それぞれの契約において独自に設定された債務の履行が,必ずしも本件システムの開発作業が完成しなくとも完了し,それによって債務の目的は達成されるものであることからすると,本件個別契約7の債務不履行を理由に解除を認めることが相当であるとはいえない。
「 (3) 他方,本件システム(V1.3)の総合試験に係る契約である本件個別契約22については,業務シナリオ試験及び性能試験を含む動作環境試験を内容とする総合試験を行うだけでなく,総合試験の結果摘出された不具合の修正作業を行うことを債務の内容としており(前提事実(3)イ(オ),認定事実(7)イ(ア)d),被告が,本件個別契約7で開発作業を実施した本件システムについて,基本的な性能要件を満たしているかなどを自ら主体となって確認し,不具合等があれば修正作業を行って,本件システムを原告に納品できる状態にする契約であるから,実質的には本件システムの開発作業を完成させるための契約であると認められる。そうすると,本件個別契約22における債務の目的は,本件個別契約7のそれと密接関連性が認められ,本件個別契約7が解除された場合に本件個別契約22のみの実現を強制することは,契約当事者の意識に適合せず,相当ではない。
したがって,本件個別契約7の債務不履行を理由に,本件個別契約22を解除することができるというべきである。」
「  (4) また,本件個別契約11は個客支援サブシステムの機能設計,詳細設計,プログラミング,単体試験及び結合試験,本件個別契約12は個客支援サブシステムの結合試験に係る契約であるところ,個客支援サブシステムは,本件システムのサブシステムの1つであって(前提事実(2)イ(ア)),本件個別契約7で開発される本件システムと一体になって機能するものであり,本件個別契約11及び本件個別契約12の債務の内容は,そのような個客支援サブシステムのプログラミングや結合試験終了にふさわしい品質を確保できるまで本件システムの品質向上を行うことなどである(前提事実(3)イ(ウ)b)。また,本件個別契約13及び14は本件システム(V1.2)の契約管理機能に関する仕様変更に対応するために,要件定義,機能設計書(V1.3)の作成,同機能設計書に基づく詳細設計,プログラミング,単体試験及び結合試験等の作業に係る契約であり(前提事実(3)イ(ウ)c),本件個別契約7において開発した本件システム(V1.2)の改修作業を行うことを債務の内容に含んでおり,本件個別契約21は現行システムのデータを本件システムに連携するためのプログラムの設計・開発に係る契約であるから(認定事実(5)イ),上記各個別契約は,いずれも本件システムの一部の機能を開発し完成させるための契約であると認められる。
さらに,本件個別契約29は本件システムとフロント系システムを連携する際に必要となる本件システムの環境と連携用のプログラムの環境を構築する作業に係る契約であり,本件個別契約30及び31はフロント系システムとの連携に対応させた本件システム(V1.4)の設計,開発,単体試験,結合試験,総合試験及び運用試験支援等に係る契約であって(前提事実(3)イ(キ)a,認定事実(10)ア),いずれもフロント系システムとの連携に対応させた本件システム(V1.4)を開発し完成させるための契約であると認められる。本件個別契約32は,C票に係る27件の仕様変更(甲18の1)及び5件の追加の仕様変更(甲18の2)を反映した本件システムの機能設計書(V1.4)の作成,同機能設計書に基づく詳細設計,開発,単体試験及び結合試験に係る契約であり(前提事実(3)イ(キ)b,認定事実(10)イ),上記各仕様変更を反映した本件システムを開発し完成させるための契約であると認められる。
上記各個別契約については,いずれも契約で設定された債務の目的が,本件システムの開発作業等を目的とした本件個別契約7のそれと密接に重なり合い,本件システムの開発作業の完成に向けて,いわば一体的に進められるべきであった作業に係る契約であることからすると,本件個別契約7の解除が認められる場合に,上記各個別契約についてのみ実現を強制することは相当でない。
したがって,上記各個別契約については,本件個別契約7の債務不履行を理由として,解除することが認められるというべきである。」

 

<若干の考察>

本裁判例は、システム開発において複数の個別契約の締結されている場合に、その内の一つの契約に解除事由が存在する場合、他の契約も解除をすることができるかが争点の一つになった事例です。長めに判旨を引用したのは、本裁判例が一つの契約に債務不履行があり、システム開発の目的が達成できなかったという一事をもって、他の契約の解除を認めてはいないということを示したかったというところにあります。本裁判例は、十把一絡げで考えるのではなく、個々の契約と債務不履行がある契約との間で密接関連性を詳細に検討しているところは確認すべきかと思います。

また、こういった検討を裁判所が行う背景には、システム開発における手法が関係していることもあり、どの様な開発手法をとるかということが裁判所の判断にも影響を及ぼしうることがわかる裁判例でもあります。

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