<事案の概要>
原告は,MP社からエンジンの提供を受けて,カラーコンタクトレンズ着用のシミュレーションアプリケーション(本件アプリは,これをインストールしたタブレット端末で撮影した人の顔写真を用いて,各種カラーコンタクトレンズを眼球に装着した場合のイメージ画像を表示する機能を有するものであり,消費者が,実際にカラーコンタクトレンズを装着しなくても,装着時のイメージを確認できるようにすることで,カラーコンタクトレンズの販売を促進することを目的としたもの)を開発した会社です。本件は、原告が、「原告と被告は、当該アプリケーションの提供に関する契約を締結したが、被告が契約上の信義則に違反したとして、MP社との間で,原告を除外する形で直接同アプリケーションの提供を受ける内容の契約を締結した上で、原告との間の当該アプリケーションの提供に関する契約を破棄した。」と主張して、債務不履行に基づく損害賠償請求を行った事案です。
<争点>
本件の争点は、契約成立が認められるか否かです。
契約書をきちんと作成している場合には、全く問題にならないのですが、なんとなく口約束で話をしていて、なんとなく仕事を初めて行ってしまったという場合には、問題になります。実務上、こういったことはよくあるのではないでしょうか?そういった意味で、とても参考になる裁判例です。
<判旨の概要>
★原告の主張の整理★
①平成27年6月26日の時点で,本件アプリの最終的な内容及び導入価格が決まっていたこと。
②原告と被告が,本件アプリの開発を開始した当初から,被告店舗の220店舗全部に本件アプリを導入することを前提として交渉していたこと。
※原告が被告に対して、本件アプリの開発に着手した頃の時点において、220店舗への導入を想定した見積書を作成している。
※本件アプリ全店舗に導入することを前提とした交渉が原被告間で現に行われていた。
③原告と被告の間で,被告店舗全部に導入することを前提としていたため,本件基本契約書には導入店舗数を記載していなかったこと。
④100店舗に対する先行導入に係る費用決定の交渉過程において,被告から,当初予定されていたタブレット1台当たりの本件アプリ利用料7000円について減額の要請があり,先行導入の100店舗以降の分のアプリ利用料について基本の約束の上合意をしていたこと
以上、からすれば,遅くとも平成27年6月26日の時点で,本件基本契約書に記載された内容で本件契約が成立したと主張しています。
★裁判所の判断★
①原被告間の交渉窓口のうち、被告の交渉窓口になっていた担当者には意思決定権がなくそのことを原告も認識していたことからすると、当該担当者の一存によって本件アプリ導入に関する契約を成立させ得るものではないことが明らかであること。また、被告の当該担当者が個人的に高い目標を掲げて営業等の行動をすることは稀有なことではなく、また、その目標と会社の意思が異なることも十分に考えられること。
③本件アプリ100台分の見積もりを求めるようになった平成26年7月から平成27年7月までの間に原告が発行した見積書は、いずれも100台分の費用に関するものであること。原告と被告の担当者との間で先行導入が実施された同年8月に入ってから101台目以降の利用料に関する交渉が持たれていること。また、先行導入は,本件アプリの販促効果等の検証のための試用と理解されていたこと。
☞原被告間で、平成27年6月26日の時点まで,220店舗への導入を前提とした交渉が継続していたとみることはできない。また,先行導入の対象となった100台分の取扱いと,その後の101台目以降の導入の取扱いとが異なるものであるとの共通した認識を有していたものと推認することができる。そうすると、原告及び被告が,100台の導入と220店舗又は全部の店舗への導入とに関する合意が全く同一のもととして区別されることなく認識されていたものとはいえないこと。
④101台目以降の導入に関する料金体系に関する双方の見解をやり取しているのであるから,原告と被告との間で,同月に至っても,101台目以降を導入した場合の金額的な条件に関する合意が調っていなかったこと。
以上の点を指摘した上で、
「一般的に,契約当事者間において契約関係が黙示的に成立することは否定し得ないが,原告と被告が本件基本契約書の書式を作成して,価格交渉や権利関係に関する契約書別紙の内容に関する協議を行っていたのは,本件基本契約書を調印することにより明示的に本件アプリの継続的な使用に関する契約を締結することを目的としたものであると考えるほかない。そうであれば,原告と被告の双方において,本件基本契約書の調印に至る以前の段階で本件契約を成立させる意思を有していたとは考え難い。」
として、原告と被告が基本契約書の調印をしていないにも関わらず、遅くとも平成27年6月26日までに基本契約書記載のとおりの内容で契約が成立したとすることはできないと判示しています。
<若干の解説>
裁判例の中には、本件に限らず黙示の合意を認めた案件は存在します。しかしながら、やはり契約書が締結されていない場合には両者間に契約が存在したと認めることは困難であるということを改めて示した裁判例であると言えます。ですので、この裁判例からの教訓は、きちんと契約書は作成しましょうということに尽きるのではないかと思います。