<事実の概要>
Xは、将棋に関するウェブサイトである「A」を管理運営する者である。令和3年5月30日にYが放送したテレビ番組「将棋フォーカス」(本件番組)内の「初心者必見!対局マナー」というコーナー(本件コーナー)で、Aに掲載された各文章と類似したナレーション及び字幕(本件ナレーション等)が流されるなどしました。これに対し、XがYを相手取り、本件番組の放送によってXの人格権の侵害(平穏な日常の阻害や名誉棄損に係るもの)がなされたと主張して、損害賠償請求を行った事案です。
<判決の要旨>
(前提)「著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、思想、感情若しくはアイデア、事実など表現それ自体ではないものや、表現ではあっても表現上の創作性がないものについて、著作権法による保護は及ばない。そして、表現上の創作性があるというためには、作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要し、表現が平凡かつありふれたものである場合は、これに当たらないというべきである。」
(著作権法違反が認められたもの①)「ア 原告文章2は、将棋の駒の準備や片付けに関して説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって(乙19~24、27、弁論の全趣旨)、当該内容自体から創作性を認めることはできない。 もっとも、「「雑用は喜んで!」とばかりに下位者が手を出さないようにしましょう。」という部分については、控訴人自身の経験に基づき、初心者等が陥りがちな誤りを指摘するため、広く一般に目下の者が「雑用」を率先して行うに当たっての心構えを示したものといい得る表現を選択し、これを簡潔な形で用いた上で、しかし、逆に、将棋の駒の準備や片付けに関してはこれが当てはまらないことを述べることで、将棋の初心者にも分かりやすく、かつ、印象に残りやすい形で伝えるものといえる。この点、本件番組の制作時に参考にした書籍やウェブサイトである被控訴人が当審において提出した証拠(乙15~37。以下「当審提出証拠」という。)のうち駒の準備や片付けについて記載されたもの(乙20~24、27)にも、類似の表現は見受けられない。したがって、上記部分は、特徴的な言い回しとして、控訴人の個性が表現として現れた創作性のあるものということができ、著作物性を有するというべきである。これに対し、原告文章2のうちその他の部分における表現は、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは認められない。
そして、本件ナレーション等のうち原告文章2に対応する部分においては、正に上記のとおり創作性のある部分が、感嘆符の有無と「下位者が」を「下位の者は」と変更する点を除くと一言一句そのままの形で使用されている。
したがって、被控訴人は、原告文章2のうち創作性のある部分について、控訴人の許諾を得ることなく、また、その著作者名を表示することもなく、これを含む本件ナレーション等を本件番組で放送したことにより、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められる。
イ 被控訴人は、「雑用は喜んで!」という表現は、一般社会においても一般的に用いられるありふれたものであるなどと主張するが、駒の準備や片付けは上位者が行うという将棋のルールを踏まえると、それらは将棋の対局において「雑用」とはいえないものである。そのようなものについて、あえて「雑用は喜んで!」との表現を用いた上で、かつ、逆説的に説明するという特徴的な言い回しをしたという点に、控訴人の個性が現れているということができる。前記アの認定判断に反する被控訴人の主張は採用できない。」
(著作権法違反が認められたもの②)「ア 原告文章5は、将棋の「待った」について説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって(乙19、21、24、26、31~32、34~37、弁論の全趣旨)、当該内容自体から創作性を認めることはできない。 もっとも、「着手した後に「あっ、間違えた!」「ちょっと待てよ・・・」などと思っても、勝手に駒を戻してはいけません。」という部分については、将棋を指す者が抱き得る感情を分かりやすく簡潔に表現することで、将棋の初心者にも印象に残りやすい形で伝えるものといえる。この点、当審提出証拠のうち「待った」について記載されたもの(乙19、21、24、26、32、34~37)の中に、類似の表現はほとんど見受けられず、唯一、「仮に駒から手を離した瞬間に「あ、間違っている」と気づいたとしても」という類似の表現が用いられているもの(乙32)はあるが、原告文章5は、控訴人自身の経験に基づき、感嘆符等の記号を用いるほか、「あっ、間違えた!」という語と「ちょっと待てよ・・・」という語を続けてたたみかけることで、将棋を指す者が抱き得る感情とルール又はマナーとしての将棋の「待った」をより生き生きと分かりやすく、かつ、印象深く表現するものといえる。したがって、上記部分は、控訴人の個性が表現として現れた創作性のあるものということができ、著作物性を有するというべきである。これに対し、原告文章5のうちその他の部分における表現は、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは認められない。
そして、本件ナレーション等のうち原告文章5に対応する部分においては、正に上記のとおり創作性のある部分が、感嘆符及び「・・・」の有無等の点を除き、ほぼそのままの形で使用されている。
したがって、被控訴人は、原告文章5のうち創作性のある部分について、控訴人の許諾を得ることなく、また、その著作者名を表示することもなく、これを含む本件ナレーション等を本件番組で放送したことにより、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められる。」
<若干の解説>
本件は、ナレーションや字幕等において使用された場合に著作権法違反となる場合について、その一例を示す裁判例です。 個性が表現として現れた創作性のあるものと判断される表現がどのようなものであるかを知ることができると思います。