<事案の概要>
控訴人と被控訴人は,被控訴人の銀行業務全般を処理する「新経営システム」(本件システム)の構築に関する基本合意及び個別契約を締結して,本件システム開発を目指したが,開発途中で中止となった。本訴事件は,被控訴人が,控訴人に対し,本件システム開発が中止となったことにつき,控訴人に①本質的義務(「変革のテーマ」を開発対象の範囲とし,Corebankを使用し,平成20年1月までに,総額89億7080万円で本件システムを開発させる義務)違反があった,②プロジェクト・マネジメント義務違反があった,③説明義務違反があった,あるいは④本件個別契約はいずれも被控訴人の錯誤により無効であるなどと主張し,請負契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求あるいは不当利得に基づく原状回復請求として,総額115億8000万円等の支払を求める事案である。
<争点>
プロジェクト・マネジメント契約締結前と締結後の義務違反の有無が争点となっている。
<裁判所の判断>
・契約締結前
「企画・提案段階においては,プロジェクトの目標の設定,開発費用,開発スコープ及び開発期間の組立て・見込みなど,プロジェクト構想と実現可能性に関わる事項の大枠が定められ,また,それに従って,プロジェクトに伴うリスクも決定づけられるから,企画・提案段階においてベンダに求められるプロジェクトの立案・リスク分析は,システム開発を遂行していくために欠かせないものである。そうすると,ベンダとしては,企画・提案段階においても,自ら提案するシステムの機能,ユーザーのニーズに対する充足度,システムの開発手法,受注後の開発体制等を検討・検証し,そこから想定されるリスクについて,ユーザーに説明する義務があるというべきである。このようなベンダの検証,説明等に関する義務は,契約締結に向けた交渉過程における信義則に基づく不法行為法上の義務として位置づけられ,控訴人はベンダとしてかかる義務(この段階におけるプロジェクト・マネジメントに関する義務)を負うものといえる。もっとも,ベンダは,システム開発技術等に精通しているとしても,システム開発の対象となるユーザーの業務内容等に必ずしも精通しているものではない。企画・提案段階における事前検証を充実させることにより,システム開発構想の精度を高め,想定外の事態発生の防止を図り得ると考えられるが,受注が確定していない段階における事前検証等の方法,程度等は自ずと限られ,ユーザー側の担当者等から得られる情報や協力にも限界があることは明らかである。そのため,プロジェクトが開始され,その後の進行過程で生じてくる事情,要因等について,企画・提案段階において漏れなく予測することはもとより困難であり,この段階における検証,説明等に関する義務も,このような状況における予測可能性を前提とするものであるというべきである。その意味では,ベンダとユーザーの間で,システム完成に向けた開発協力体制が構築される以前の企画・提案段階においては,システム開発技術等とシステム開発対象の業務内容等について,情報の非対称性,能力の非対称性が双方に在するものといえ,ベンダにシステム開発技術等に関する説明責任が存するとともに,ユーザーにもシステム開発の対象とされる業務の分析とベンダの説明を踏まえ,システム開発について自らリスク分析をすることが求められるものというべきである。
このようなことからすると,企画・提案段階におけるシステム開発構想等は,プロジェクト遂行過程において得られるであろう情報,その過程で直面するであろう事態等に応じて,一定の修正等があることを当然に想定するものといえ,企画・提案段階の計画どおりシステム開発が進行しないこと等をもって,直ちに企画・提案段階におけるベンダのプロジェクト・マネジメントに関する義務違反があったということはできない。すなわち,企画・提案段階における控訴人のプロジェクト・マネジメントに関する義務違反の存否については,前記説示した点を考慮して検討することを要するものというべきである。」
・契約締結後
「控訴人は,前記各契約に基づき,本件システム開発を担うベンダとして,被控訴人に対し,本件システム開発過程において,適宜得られた情報を集約・分析して,ベンダとして通常求められる専門的知見を用いてシステム構築を進め,ユーザーである被控訴人に必要な説明を行い,その了解を得ながら,適宜必要とされる修正,調整等を行いつつ,本件システム完成に向けた作業を行うこと(プロジェクト・マネジメント)を適切に行うべき義務を負うものというべきである。
また,前記義務の具体的な内容は,契約文言等から一義的に定まるものではなく,システム開発の遂行過程における状況に応じて変化しつつ定まるものといえる。すなわち,システム開発は必ずしも当初の想定どおり進むとは限らず,当初の想定とは異なる要因が生じる等の状況の変化が明らかとなり,想定していた開発費用,開発スコープ,開発期間等について相当程度の修正を要すること,更にはその修正内容がユーザーの開発目的等に照らして許容限度を超える事態が生じることもあるから,ベンダとしては,そのような局面に応じて,ユーザーのシステム開発に伴うメリット,リスク等を考慮し,適時適切に,開発状況の分析,開発計画の変更の要否とその内容,更には開発計画の中止の要否とその影響等についても説明することが求められ,そのような説明義務を負うものというべきである。」
<若干の解説>
この裁判例は、システム開発においてベンダ側に重い責任を負わせたものという見方がされている。しかし、本件では契約条項にプロジェクトの大幅な延期や中止せざるを得ない状況が発生した場合の規定があり、実際に導入を検討していたシステムにチャレンジングなものがあったことなどの事情もあったことを加味すれば、事例判断であるとの見方もできる。いずれに転ぶかわからない以上、ベンダ側からすれば、契約書を作成する段階において、義務の内容や程度についてはきちんと定めておく必要があるといえる。