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勧誘が債務不履行又は不法行為に該当するか否か(東京地裁令和4年2月16日判決)

<事案の概要>

本件は,原告が,原告の業務執行社員であった被告が,業務執行社員在任中,善管注意義務及び忠実義務に違反して,また,業務執行社員退任後,原告の従業員の引き抜きをしてはならない旨定めた原告の社内規程や被告が業務執行社員を退任したときに合意した誓約書に違反して,原告の競業他社に転職するよう原告の従業員を勧誘したと主張して,被告に対して損害賠償請求を行った事案です。

 

<争点>

①関与の有無及び程度

②勧誘が債務不履行又は不法行為に当たるか否か

 

<判示>

①関与の有無及び程度

・ 裁判所の結論

⇒積極的な関与がある

・その理由は以下のような事実認定によります。

ア「被告は,原告に在籍していた平成30年9月頃以降,Bとともに,CやEに対し,本件チームごとd社に移籍するよう働きかけをしていたものということができる。」

↓理由↓

(ア)「被告が原告に在籍していた間の本件チームに所属する従業員との関係についてみると,前記1の認定事実(以下「認定事実」という。)(1)及び(2)のとおり,被告が平成30年9月頃にB及びDにd社への移籍を告げ,Bが,Cに対し,このことを伝えるとともに,皆でd社に移るという話があるがどうかと打診した後の同年10月10日,Bが,Cに対し,被告が「例の件」について打合せをしたいと言っているとの連絡をしたところ,Cが,まだ決めかねているが被告が急いでいるようであれば被告に色々と聞くことでもよいと答えたことを受け,その頃,被告とCが面談をしたことが認められる。また,認定事実(2)のとおり,Cは,この被告との面談において,被告から,本件チーム全体でd社に移籍するとしたらどうかなどと聞かれ,その際,被告からEにもd社への移籍について前振りをしておくよう依頼されたというのである。これらの事実によれば,被告が,自らあるいはBを通じて,Cに対し,本件チームごとd社に移籍することについて打診し,Cの意向を確認したことが認められ,被告は,Cに対し,B及びEとともにd社に転職するよう働きかけたものと評価することができる。」

(イ)「Cが,同年10月12日,被告に対し,Eに話をした結果として,即決は出来ないものの100%興味がないというわけでもないという様子であったので被告と直接話をするよう勧めたと報告したのに対し,被告は,自分から声をかけてみるとした後で,Cのお陰でEと話すことができ,Eもシニアコンサルタントの地位で□□の専門家としてd社に来ることに同意したと伝えたことが認められ,これらの事実によれば,被告は,自らあるいはCを通じて,Eに対し,本件チームの他の主力メンバーと共に本件チームごと移籍するよう勧誘し,Eからの同意を得たものと認めることができる。

(ウ)「同月23日には,BやDを通じて設定された被告,D,C,B及びEの会食が行われて,被告からd社に移籍した後の構想が披露され,認定事実(5)のとおり,同年11月21日には,Bを通じて設定された被告,E及びCのランチミーティングがされ,被告から原告を辞めるタイミングや方法についての話がされたというのであるから,被告は,本件チームのメンバーに対して,直接移籍後の構想を説明するとともに,本件チーム全体としての移籍のタイミングや方法についても直接説明していたということができる。

イ「被告が原告を平成30年11月30日に退社した後の本件チームに所属する従業員との関係」として、「d社のパートナーとの面談を経るまでもなく,Bらの移籍後の給与額や配属先等が決定していたことや,必要書類の提出やd社のパートナーとの面談といった移籍に向けた段取りに被告が積極的に関与していたことからすると,B,C,D及びEの転職に関し,被告が,給与額や配属先等の勤務条件についてのd社との交渉を積極的に担っていたと評価することができる。」

↓理由となる認定事実↓

「本件グループでのメッセージのやり取りの内容からすると,被告は,原告を退社した後の同年12月以降,B,C,D及びEがd社に転職した後の給与の額について,被告が窓口となって交渉した結果,同月27日にはd社の人事の決裁が下りたこと,平成31年1月5日にはこれらの従業員に対し,履歴書などの必要書類を用意するよう被告がBを通じて伝えたこと,d社との面談の日程調整を被告がBを通じてした結果,同月8日に面談が行われたこと,Bからのd社のパートナーとのなどと面談の趣旨を尋ねる質問に対し,被告がこの面談はラフに顔合わせする程度の認識でよく,d社への入社後は面談をするパートナーとは別系統の被告直下の独立部隊として動くことの確約をとった答えたことが認められる」

②勧誘が債務不履行又は不法行為に当たるか

・裁判所の判断

⇒「被告は,原告の業務執行社員在任中から退任後にかけて,原告における被告の指揮監督下にあった本件チームの構成員を含む原告の複数の従業員(B,D,C,E,F,H及びJ)に対してd社に転職するよう長期間にわたって勧誘し,具体的な給与額や配属先を含む転職後の勤務条件に関して当該従業員とd社の間に立って交渉を行い,希望する条件を約するなどして,積極的な働きかけを行っていた上,被告の上記勧誘行為は,K記者に原告の内部情報等を伝えるなどして原告に対する批判的な記事の掲載に協力したことや本件チームの構成員がd社に転職することにより原告における□□に関連する業務に打撃を与えたことと相まって,コンサルティング業務を営む原告からd社へと人材を流出させ,原告の事業に悪影響を及ぼすために行われたものということができる。そうすると,被告による上記の行為は,単なる勧誘行為にとどまるものではなく,社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為であると評価するのが相当であり,原告の業務執行社員としての善管注意義務及び忠実義務並びに本件引き抜き禁止条項に基づく義務に違反するとともに,不法行為に当たる」

 

↓理由↓

ア 「前記(1)アのとおり,被告は,被告自身と一緒にd社に移籍しようとB,D,E及びFを勧誘した上で,移籍後の勤務条件についてd社との間で代わりに交渉を行い,希望する条件で移籍できることを約するなどして,d社への移籍を積極的に働きかけたものである。このような被告の行為は,単に被告を信頼してd社への移籍について相談をしてきた部下の相談に乗ったというものではなく,移籍後の給与額や配属先をあらかじめ確約するなどして,競業他社であるd社への移籍を強く呼びかけるものであり,極めて強度な働きかけであると評価することができる。
イ「また,その態様についてみても,認定事実(4)のとおり,Dが,被告と本件チームのメンバーとの会食について,業務上の打合せがあるかのように装って連絡をしていること,認定事実(13)及び(14)のとおり,被告の指示を受けたBが,業務用のアドレスではなくプライベートアドレスを用いて履歴書等のやり取りをするよう指示していたこと,認定事実(18)のとおり,Bが本件グループに「これまで以上に我々も口を固くしましょう」とのメッセージや,「Yさんからです」としてメッセージをこまめに削除するよう促すメッセージを送信していることなどに照らすと,被告は,本件グループに所属する従業員がd社へ移籍しようとしていることが,原告に事前に知られることがないように,秘密裏に動こうとし,その旨Bらに指示していたことが推認される。
ウ「さらに,前記(1)アに判示したとおり,被告が,Bらに対し,本件チームごとd社に移籍するように働きかけていたこと,認定事実(11)のとおり,被告が,Iに対するメッセージで,「私の仕掛け」や「まずは数名が辞表を出し始めるので崩壊がスタートする」などと記載していたこと,認定事実(16)のとおり,被告が,移籍に前向きになれないとするCに対し,今後原告ではサイバーセキュリティの業務ができなくなるなどの発言をしていること,認定事実(24)のとおり,Bが「俺のミスはYの『X社潰してやるぜ』っていう感情に流されすぎたこと」と振り返っていることからすると,被告が原告から人員が流出することで原告におけるサイバーセキュリティ業務が実質的に機能しなくなることを企図していたことを推認することができるのであって,被告は,そのような意図をもって,本件チームごと移籍するように強く働きかけたものと推認できる。前記(1)ア(ウ)のとおり,被告が,Fを始め,HやJといった本件チーム所属の従業員以外で自らと関係があった従業員にもd社への移籍を勧誘していたことも,原告の事業全体に悪影響を及ぼすためになるべく多数の従業員を引き抜こうという意図を推認させるものということができる。」

<若干の考察>

本件においては、単なる勧誘行為にとどまるものではなく、社会的相当性を逸脱したは指針的な引き抜き行為であると評価するのが相当であると判示している部分からすれば、単なる勧誘行為であった場合には、違法性が認められない場合こともあり得ると考えられます。一事例としてどのような事実を用いて判示をしているのかについては参考になるものと思います。

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