<事案の概要>
本件は、ベンダである原告が、ユーザである被告に対し、主位的には、被告の生産管理システムの開発及び導入支援を請け負い、これを完成させたので請負ないし準委任契約に基づいて未払報酬金の支払いを求め、仮に同生産管理システムが完成していないとしても、それは被告の協力義務違反によるから未払報酬金の支払いを受ける権利があるからその支払いを求め、また、原告は、被告から当初合意した仕様を大幅に超える要望を受け、同生産管理システムの仕様変更及び追加システムの開発にも対応したため、商法512条に基づき相当報酬額の支払を求める事案です。
<争点>
①請負ないし準委任契約の完成の有無
②商法512条に基づく相当報酬金請求の可否
<判決の要旨>
「本件契約成立後、ワーキンググループを経て、原告、らくらく工房及び被告が、本件システムに実装する機能の決定稿として本件概要設計書1を作成・承諾した経緯(認定事実(2))に照らし、本件契約において原告が完成すべき仕事は、本件概要設計書1で合意された生産管理システムと認めることができ、そのために予定された全開発工程を完了している限り、上記仕事が完成したというべきである。」「そして一般に、システム開発においては、全開発工程終了後に開発されたシステムが約束した仕様に合致しているかを確認する検収の作業が予定されていることから、検収が終了している場合には仕事が完成しているといえる」
「原告及びらくらく工房が行ったという上記テストの内容及び結果に関するエビデンスは存在せず(証人E〔21、35〕)、原告及びらくらく工房は、被告との間で本件概要設計書1に基づく開発工程が完了したことを確認すらしていない(証人E〔25〕)。このような事態は、上記テストが仕事の完成すなわち報酬請求の可否に密接に関係する作業であることに照らし、不自然不合理といわざるを得ない。加えて、上記テストを終えたはずの平成30年5月27日、本件システムに97項目もの不具合がある旨を確認した「課題指摘事項一覧」と題する書面が作成され、原告側にて同年7月31日までに対応することが求められた(認定事実(3)ウ)経緯からすれば、仮に上記テストが実施されていたとしても、その結果が良好であったことは疑わしいといわざるを得ない。そして、他に上記テストの内容及びその結果が検収の終了を推認させるものであることを具体的に認めるに足りる証拠も見受けられない。
(イ) また、被告が平成30年4月以降、受注機能を中心に本件システムを操作していたことは認められるものの、被告が、操作開始前である同年3月から本件システムを停止させた令和元年8月まで継続して本件システムに不具合があると訴え続けていることからすると(認定事実(3)ア、同ウ、同ク、同ケ、(4)ア、弁論の全趣旨。上記(ア)の説示も参照)、上記操作の実態は、被告が、本件システムが正確に作動するか問題点を洗い出したり旧システムを照合したりする作業に追われていたというものであったと認められる(認定事実(3)オ、同キ)。そうすると、被告が平成30年4月以降、本件システムを操作していたことをもって、検収の終了を推認させるとはいえない。」
「原告及びらくらく工房は、当該作業全体について追加報酬の請求書又は見積書を作成していないが(証人C〔25〕、証人I〔31〕、弁論の全趣旨)、追加報酬の有無及びその額は、ベンダ・ユーザどちらにとっても開発の継続を判断するに当たって重要な事項であるから、仮に当時から当該作業が有償と考えていたのであれば、請求書又は見積書が改めて作成されるのが自然であり、原告及びらくらく工房の上記のような行動は合理性を欠くものといわざるを得ない。しかも、原告及びらくらく工房は、本件システムの開発は被告の追加要望によって当初想定されていなかった大規模開発にまで変容したというのであるから(証人E〔1〕、証人C〔2〕)、なおさら、少なくとも追加報酬に係る明示的な協議をしてしかるべきであったのに、それすら行われていない(弁論の全趣旨)。しかも、原告従業員のAは、本件概要設計書2が作成される前の協議の後、B社長に対し、無償で対応するかのように受け取れるメッセージを送信している(認定事実(3)コ)。そうすると、両当事者間では、当該作業について、追加報酬が発生しない旨の黙示の合意があったものと推認するのが相当である。
(3)ア 加えて、原告及びらくらく工房が行ったという作業を具体的に検討しても、同作業の多くは、受注データの取り込みに関し、旧システム上マイツールで行えていたことができなくなったことへの対応であるが(例えば、甲41No.371)、その原因は、上記3(3)ウで説示したとおり、原告及びらくらく工房が、本件概要設計書1作成時、十分なヒアリング又は説明を尽くさなかったことにより、被告の当初の要望を本件概要設計書1に反映し得なかったことによるものともいえる。そうすると、マイツールで行っていた受注データの取り込みに係る仕様については、本来、本件概要設計書1の時点で盛り込むべき内容であったとして、追加報酬が発生しないとするのが当事者双方の合理的な意思に合致するものといえる。」
「(4) 以上に加え、本件システムの開発が、スパイラル形式といわれる手法であり(証人C〔4〕、弁論の全趣旨)、当初の要求仕様の設定は厳格なものではなく、仕様が変更されること自体は想定の範囲内といえること、仕様凍結書が作成されていないこと(弁論の全趣旨)など本件システムの開発全体の経緯も併せ考慮すると、本件概要設計書2に対応する原告及びらくらく工房の作業について無償とする旨の合意があったと認めるのが相当である。」
<若干の解説>
本件において、仕事の完成が争点となっています。一般に、仕事の完成は全ての工程が終えられたことをいいます。本件の裁判例も一般論としてはこれを採用しています。しかし、一般的にシステム開発においては、検収作業が予定されており、検収が終了している場合には仕事が完成していると評価できると判示する部分を一般的と言い切って良いかは疑問が残ります。検収をした結果、その検収が不良であり、その不良部分を補修しなければ検収が終えられないので仕事は完成しないと注文者が主張をする場合、請負人は報酬請求が一般的にできないことになりますが本当にそれで良いのでしょうか。検収の結果不具合がしてきされたとしても、仕事としては完成したと評価して、報酬請求権の発生を認めた上で、契約不適合に基づく損害賠償請求権との関係で処理をするというのが、実践的ではないでしょうか。その意味で、本件は結論有りきの事例判決であると考えています。
また、商法512条に基づく相当報酬金請求について、改めて請求書又は見積書を作成しているか否か、明示的な協議がなされているか否か、有償の対応となる旨のメッセージを送っているか否かなどの点が考慮されています。もっとも、商法512条が問題となる場面において、明示的に請求書や見積書を提示していたり、明示的な協議がなされているとすれば、その時点で追加作業を巡って議論になるはずであり、有償か無償かについて一定の結論が出ているでしょうから、裁判例が想定する場面は実際には起こりえないでしょう(合意の有無で合意があれば、当然、報酬金額も定めるでしょうから、わざわざ商法512条に頼る必要もないといえます。)。また、メッセージについても、注文者に責め立てられながら返答をする請負人が強気に有償ですよと明示的にいえるかは疑問であり、さして参考にはならないようにも思います。結局のところ、当初の予定されていた作業に含まれるか否か、含まれないとして本件において裁判例が判示するように本来盛り込まれるべきものであったか否か、手法との関係で想定の範囲内の追加要望か否かなどを総合的に評価して判断するよりほかないかと思います。