<事案の概要>
本件は、原告が、ユーチューブ等に投稿した動画(以下、順に「本件動画1」などといい、これらを「本件動画」と総称する。)について、被告がグーグル等に対して本件動画が被告の著作権を侵害する旨の申告をした行為が不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項21号の不正競争に当たると主張して、被告に対し、不競法3条1項に基づき、原告が配信する動画が被告の著作権を侵害する旨を第三者に告げることの差止め、同法14条に基づき、グーグル等の動画配信プラットフォーム事業者(以下「プラットフォーマー」という。)に対して本件動画が被告の著作権を侵害しないこと等を通知することを求めるとともに、民法709条に基づき損害賠償請求を行った事案です。
「2 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨から容易に認定することができる事実)
(1) 当事者
原告は、ユーチューブ(グーグルが運営する動画配信サービス)及びツイキャス(モイ株式会社が運営する動画配信サービス)において、オリジナル動画を配信し、収益を得ている動画配信者である。
被告は、インターネット上で、囲碁、将棋の実況中継等の番組を有料で動画配信すること等の事業を営む株式会社である。
(2) 原告による本件動画の配信
原告は、本件動画1ないし8及び10につき、別紙「原告動画目録」の各「配信日」欄記載の日に同「タイトル」欄記載の動画をユーチューブに投稿し、その頃、同各動画(以下「本件ユーチューブ動画」という。)は閲覧可能になった。また、原告は、本件動画9につき、同目録の「配信日」欄記載の日に同「タイトル」欄記載の動画をツイキャスに投稿し、その頃、同動画(以下「本件ツイキャス動画」という。)は閲覧可能になった。
本件動画は、原告が出演し、被告が配信する将棋の実況中継から得た情報を基に、即時に、自ら用意した将棋盤面に各対局者の指し手を表示するなどして、視聴者が、視聴者同士や原告とのチャットでのコミュニケーションを行う内容であるが、本件動画内において、被告が配信する動画の映像、画像、音声等は一切表示等されることはない。
(3) 被告による著作権侵害に基づく動画の削除申請(以下「本件削除申請」という。)
被告は、本件ユーチューブ動画について、ユーチューブ上で閲覧可能になった頃、グーグルに対し、所定の方法に従って、著作権侵害による動画の削除通知を提出し、本件ユーチューブ動画は、別紙「原告動画目録」の「配信停止期間」欄記載の各始期日に配信が停止された。これに対し、原告は、所定の手続に従って、異議申立てをしたが、被告は、期限内に回答をせず、本件ユーチューブ動画は、同「配信停止期間」欄記載の各終期日にいずれも配信停止が解除された。
被告は、本件ツイキャス動画について、ツイキャス上で閲覧可能になった令和2年9月22日、モイ株式会社に対し、所定の方法に従って、著作権侵害による動画の削除通知を提出し、本件ツイキャス動画は、同日、配信が停止され削除された。」
<判旨>
1 争点1(本件削除申請は「虚偽の事実の告知」に当たるか)について
「本件動画は被告の著作権を侵害するものではない(この点について被告は争っていない。)にもかかわらず、本件削除申請は、グーグル等に対し、本件動画が被告の著作権を侵害する旨を摘示するものであるから、客観的な真実に反する内容を告知するものとして、「虚偽の事実の告知」に当たる」
2 争点2(本件削除申請は原告の「営業上の利益」を侵害するか)について
「原告は、ユーチューブ及びツイキャスにおいて、本件動画を配信して収益を得ていたところ、本件削除申請は、グーグル等のプラットフォーマーに対し、本件動画が被告の著作権を侵害する違法なものであることを摘示する内容であり、これによって、原告は、ユーチューブにおいては、別紙「原告動画目録」の「配信停止期間」欄記載の期間、動画の配信が停止されたことが、ツイキャスにおいては、動画配信によって収益を得ることが少なくとも一定期間停止されたことがそれぞれ認められる。そうすると、本件削除申請は、原告が本件動画の配信という営利事業を遂行していく上での信用を害するものとして、原告の「営業上の利益」を侵害したと認められる。」
「これに対し、被告は、原告による本件動画の配信は、被告が配信する棋譜情報をフリーライドで利用するという著しく不公正な手段を用いて被告ら棋戦主催者の営業活動上の利益を侵害するものとして不法行為を構成することを指摘して、本件動画の配信に係る営業上の利益は法律上保護される利益に当たらない旨を主張」する。
しかし、「棋譜は、公式戦対局の指し手進行を再現した「盤面図」及び符号・記号による「指し手順の文字情報」を含むものと認められるところ(乙2)、本件動画で利用された棋譜等の情報は、被告が実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報である」。「同ガイドラインは、棋譜の利用権等を王将戦主催者が独占的に有する旨規定するが、王将戦主催者が、原告を含めた被告の実況中継の閲覧者の関与なく一方的に定めたものであり(乙2)、原告に対して法的拘束力を生じさせるものであるとはいえない。」
「したがって、被告の前記主張は、その前提を欠き、採用できない。」
3 争点4(差止め及び信用回復措置の必要性)について
(1) 差止めの必要性
「被告は、本件削除申請を繰り返し行っていることに加え、原告が、本件の訴えを提起し、さらに、被告に対し動画の配信を妨害しないよう通知をした(甲14)にもかかわらず、被告は、その後、本件動画10に対して本件削除申請をしている。このような事実関係に照らすと、被告に対し、本件動画について、被告の著作権を侵害している旨を第三者に告知することの差止めを求める必要性が認められる。」
「一方で、本件動画を除く、その他の原告の動画については、被告の著作権侵害の有無が明らかでないこと等を考慮すると、前記第1の1のとおり、被告が著作権を有する映像又は音声が含まれていることが明らかなものを除く旨の限定を加えたとしても、なお差止めを求める対象が広範に過ぎるといわざるを得ず、差止めを求める必要性を認めるに足りない。」
(2) 信用回復措置の必要性
「前記2のとおり、本件削除申請は、原告の営業上の信用を低下させるものであるが、本件ユーチューブ動画については、すでに配信の停止が解除されており、一定程度信用が回復していることが認められる。したがって、本件ユーチューブ動画に関し、前記(1)の差止めに加えて、別途信用回復措置を求める必要性を認めるに足りない。」
「一方、本件ツイキャス動画については、前記3(1)のとおり、原告が、ツイキャスにおいて、再度収益機能を利用することが可能であるかやその方法等は明らかでないものの、原告は、少なくとも令和3年7月2日の時点で、収益機能を利用することができない状態であったところ、本件全証拠によっても、現時点において、原告が収益機能を利用することが可能であること、その他、原告の営業上の信用が回復したことを認めるに足りる事情はない。したがって、本件ツイキャス動画に関し、前記(1)の差止めに加えて、被告が、モイ株式会社に対し、本件ツイキャス動画が被告の著作権を侵害しないこと等を通知する信用回復措置を求める必要性が認められる。」
<若干の考察>
裁判所が棋譜については、「棋譜等の情報は、被告が実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報」と述べたことは、著作権の保護が及ばないということを示したものであると考えられ、原則として自由に利用可能ということになります。
また、ガイドラインについて、一方的に定めたものであり、法的拘束力がないと述べている点についても、黙示に同意され両者の契約の内容という構成をとらなかった点も動画配信者にとっては重要な意味があるようにも思います。